卵が先かニワトリが先か【文法編】 ~ 勉強をしているとぶつかってしまう永遠のテーマに向き合う
かつて生徒さんの中に「文法が完璧に理解できないと、外国語をマスターできないですよね」と強く信じていらっしゃる方がいました。日本人的な発想( もしくは東アジア的発想? )から考えるとそのようになるのかもしれませんが、個人的には「そんなことないんじゃないかな」と考えております。その方にも「私はそのように考えていません」と明確にお伝えしたと記憶しています。
ドイツで生活している間、 VHS ( Volkshochschule 市民大学 )でドイツ語を勉強しましたが、様々な国籍・様々な世界の地域からやってくる人と席を並べて勉強しました。同時に日本人が考えている外国語の勉強の仕方(だと信じているもの)が勉強のやり方の一部でしかないことを、嫌というほど実感した場でもありました。
まずドイツ語を教える立場の人は「話せないってことはドイツ語ができないってことだよね」と考える傾向が強いです。フランス語・イタリア語・スペイン語などを母国語としている生徒はアジア人が話せなくてモタついているのを尻目に、積極的にめちゃくちゃな文法のドイツ語を話していきます。モタモタと「正しい文法で話さなきゃ」と頭の中で考えながら話す我々よりも、めちゃくちゃだけど積極的に話す人のほうが先生からの評価が高い、という日本人には受け入れがたい不思議な状況が生まれます。
私は識字率が非常に高い日本で生まれ育ちましたので、「アルファベットが書けないけどドイツ語は話せる」人と勉強したことも刺激的な経験となりました。でもよく考えてみたら全く不思議ではありませんよね。日本人だって家庭でお父さん・お母さんからまず口頭で日本語を聞き取りながら習得して、そのあと字を書くことを教わるわけですし。
そのような経験を重ねていく過程で「文法をガチガチに勉強することのみにこだわるのは逆に危ないのでは」という結論に至りました。一般的な日本人は学校でリーディングを中心に外国語を学び、合わせて文法も勉強します。しかしながらその勉強の仕方は我々の国でしか通用しない常識であり、特に現地の語学試験に合格するという目標をお持ちの方はバランスよく勉強するという視点を欠かさないよう留意すべきでしょう。
いわゆる「型(かた・パターン)」をきちんと勉強することは非常に大事です。「文法の型」「一般的に A1 のレベルで勉強するテーマの型」「手紙やメールを書くときの型」「会話をするときの型」「発音の型」・・・・・「型」の種類はいろいろとありますが、文法だけでなくきちんと各種の「型」をバランスよくマスターしているか確認しながら勉強することが重要なのではないか、と考えます。
「ドイツ語の文法が先に存在する」のではなく「ドイツ語の勉強の一部に文法がある」という発想をぜひ頭の片隅に。ドイツ語の試験を運営する組織は、おそらくそのようなドイツ語学習者を求めています。
